こちらの書籍を読んだ感想です。
こちらの書籍は、minä perhonen(ミナ ペルホネン)というブランドのデザイナーである皆川明さんが、幼少期から現在までの軌跡、そして未来への展望が、様々なエピソードともに書かれた自伝的な内容になっています。
タイトルの通り、「生きること」「働くこと」「作ること」とはなにかを見つめ直さしてくれる、静かな佇まいな装丁と丁寧な文調でありながらもとても熱量が感じられる本でした。
この本を手にとったきっかけ
私がWebデザイナーになって2, 3年経ったくらいの頃でしょうか、たまたま誰かがSNSで皆川明さんの言葉を紹介していました。
技術を革新して 手を鍛える
生活を直視して 空想にふける
緻密に企て 偶然を呼び込む
限りを尽くし 社会に委ねる
信念を曲げず 自在に動く
そうやって 進歩を怠らず
経験を心に蓄え 作っていけば
良いのだと思う。
自分も、曲がりなりにもものづくりに携わっている身として、冷静と情熱のあいだを的確に言い表したこの言葉に深い共感と感動を覚え、A4の紙に書き写し、自分のアパートの壁に貼っていました。
ただこのときは、この言葉自体に興味を持っただけで、皆川明さんのことや、ミナ ペルホネンのことを特に調べたりしていませんでした。
それから数年がたち、引っ越しをして、今では壁に貼っていないのですが、最近になってふとこの言葉のことを思い出しました。
そして今回は「どんな気持ちで、どんな考えでこの言葉を書いたのだろう」と少し深堀りしたくなり、皆川明さんの名前で調べていたら、こちらの書籍を見つけ、思わず手にとったのでした。
働くことはクリエイティブなこと
この本では何度か「働くことはクリエイティブなこと」ということが書かれています。
皆川さんは、ブランドがまだ売れない頃、生活のために早朝からお昼まで魚市場で働いていたそうです。そして午後から服作りをしていました。
そんな生活のためにしていたマグロの解体さえも今の糧になっているそうです。
なぜクリエイティブなことと言えるか、それは想像力を動かしているから。
なぜ失敗したのか、どうすればうまくいくのか、早くできるか、喜んでもらえるか。そういったことを常に考えながら仕事すれば単純作業の仕事でさえクリエイティブになります。決して、ものづくりの仕事でなくともです。
自分の場合も、フリーターのときは喫茶店のウェイターや、飲食店のコックのアルバイトなどをしていましたが、厳しい現場だったこともあって大変クリエイティブな仕事だったと感じています。
どうやれば滞りなくホールを回せるか、どうやれば厳しい上司に認めてもらえるか、など、自分なりに考えてがむしゃらに働いた経験や、そのときにお世話になった人への思いは今も自分の中で大切な糧になっています。
自分だけに限らず、誰もが、考えながら仕事をしている限り、クリエイティブな仕事をしていると言えます。
しかし「働かされている」「やらされている」と思った途端に、想像力は停止すると書かれています。
かといってすべてに感謝しながら仕事しろ、というようなブラックな精神論を語っているわけではありません。
人間がここまで進歩してきたのは想像力があってこそで、どんなところにも想像力をかきたてる種は転がっている。そのクリエイティブの種に気づかずに受け身になっていると辛くなってしまう。
逆に、第一次産業のように、労働時間が長いとか肉体的につらいとか、いわゆるブラックと言われそうな仕事でも、能動的にやりがいを持って生き生きとしている方も大勢いる。想像力を持つことの大切さ、素晴らしさを伝えてくれていると感じました。
人はかならずしも相性のよい仕事に就くことができるわけでもない。それは残念ながら、認めないわけにはいかない。ただ、目の前の仕事をどう考えるかによって、仕事の苦労や対価への感情は変わってくる。このことは知っておいてもいいことではないかと思う。*1
組織の中で自分をどう押し出してゆくか
皆川さんは組織のトップであるから、自分のデザインが誰からも批評されずに裸の王様になることは、大変困ると言っています。
その皆川さんのデザインを客観的に遠慮なく批評してくれる田中景子さんは、どんな場面、どんな立場でもその姿勢は一貫しているため、皆川さんは、田中さんはブランドを背負う野性的な力を持っていて次に託すとしたら田中さんにと話しているほど、信頼を寄せているようでした。
戦うよりも、丸くおさめようとするほうを選ぶ社会に、ぼくたちは生きている気がする。もちろんその考え方のほうが有効な場合もあるし、不要な争いは避けるべきともいえる。ただ、組織のなかに入ったあとに、すべて丸くおさめていたらどうなるだろう。
組織のなかで、会社のなかで働く、ということは、ひとりの人間が組織のなかで、会社のなかで、どのように自分を押し出してゆくかが大事なことだと思う。
(中略)
手足となって働く人ばかりの会社はあぶないし、脆い。頭もこころも乏しい会社に、未来はないと思う。*2
自分も組織・会社に中にいる人間として、どのように自分を押し出していくか改めて考えさせられました。
プライベートとしては衝突は避けたいものですが、組織にいる人間としては、中・長期的な目線を持って、その組織、ひいてはエンドユーザーにとって最適な選択をしていきたいものです。そのためには衝突することも恐れず、自分を押し出していきたいものです。
せめて100年続くブランドに
皆川さんは、ファッションの仕事を始めた時に「この仕事を絶対にやめない」と心に決めたそうです。
実は最初はデザイナーではなくパタンナーとして働こうと縫製を学んだそうなのですが、不器用でかなり苦労したそうです。しかしそれでも諦めずに続けた結果今があります。
またミナを立ち上げた時に「せめて100年続くブランドに」と思いを固めたそうです。
そのためには、会社内外問わず周りの人を大切にする、ものづくりの本質を忘れない、新しいデザインを育てる、定番のデザインを磨き直すといったことが欠かせないということも述べています。
モノやそのスタイル、それを支える考えかたが長い命を保つためには、ジョブズがつくったものがそうであったように、クオリティが必要なのだ。クオリティがあれば、それを誰かが受け継ぎ、さらに成長させることができる。受け継がれるだけのクオリティは、短命のものには与えられない。クオリティがしっかりとあるものだけが長い命を持つ。そのためにはクオリティを突き詰めること、磨きがあげること。そのクオリティを磨きあげるときに得た経験を積み重ね、その経験を検証し、深めてゆくことが必要だ。*3
こういった想いで作られ、受け継がれているブランドやモノづくりに携われるのは幸運なことでしょう。
お客様に提供しようとしているものはなにか
ぼくたちがさまざまに、お客様に提供しようとしているものとはなにか。
それは、「よい記憶」となることではないか。そう思うようになった。最終的には、かたちそのものが目的ではなく、人のなかに残る「よい記憶」をつくるきっかけになるもの。それをつくりたいのだ。*4
皆川さんの祖父母は輸入家具商を営んでおられ、小さい頃に祖父母に接するうちに、世代を超え長い時間に渡って使われてゆくものの価値を刷り込まれていったのではと、回想されていました。
その経験があったからこそ、古くかあるものを尊重し、生かし、古い文化に溶け込み何年立っても色褪せることないブランドのスタイルが出来上がったのかもしれません。
自分がいる組織や会社で、お客様に提供しようとしているものはなんでしょうか。
ただそれっぽい言葉を並べただけで取り繕っていることになってはいないでしょうか。
これまでなんとなく会社のビジョンやミッションを覚えていただけでしたが、改めて考える必要がありそうです。
会社を通して、自分が社会に、周囲に提供したいものはなにか、それも今すぐに出てこないので、自分なりの答えを見つけたいと思います。
さいごに
この本を読んだだけで、皆川さんやミナ ペルホネンのことを理解できたとは到底言えませんが、少なくともミナ ペルホネンについて興味をぐっと引き付けられました。
まだ店舗にも行ったことがないので、近いうちに行って、空気感にふれてみたいと思います。
自分の文章力が乏しく、この本で感じたことがまだたくさんあって伝えきれないのが歯がゆいですが、ものづくりに携わる人は読んでおいて損はないのでしょうか。
人の生き方、働き方、生き方は、いつ触れても面白いし、学ぶことがたくさんあるなぁと思う次第です。